度々話題となる跡継ぎ、後継者不足の問題。経営者の方や経営に関わる方にとっては明日は我が身の問題であり、事業売却(M&A)などあらゆるケースを想定されている方が多いと思います。
今回は2回にわたり、事業承継に関する法律的な問題や注意点などを弁護士の方にお聞きしましたので、皆様にお伝えします。特に製造業、工場経営に特化した内容となっておりますので、ぜひご覧ください。
回答
桃尾・松尾・難波法律事務所
弁護士 角元洋利氏、高石直樹氏
Q1:工場(会社)のオーナー経営者である私も高齢となってきました。もし、私が、全く、事前に事業承継対策をしないまま死亡した場合、法律上どのような問題が生じますか?
- 工場(会社)のオーナーである経営者が、遺言等を含め事業承継対策を全く行わずに死亡した場合には、被相続人(経営者)が有していた、会社の株式や事業用資産を含む全ての財産(資産・負債)が、遺産として親族である法定相続人に相続されることになります。
- 被相続人が有していた会社の株式は、遺産分割前は、法定相続人間で、法定相続分に応じた(準)共有となります(民法898条、899条)。
- その株式の権利行使は、原則として法定相続人間での協議を経て、権利行使者1名を決めて会社に通知をする必要があります(会社法106条)。
- そのため、法定相続人間で、相続・遺産分割に関して対立や争いが生じた場合には、遺産分割協議が長引き、会社の意思決定が円滑・迅速に行うことができない事態となります。
- また、遺産分割の結果として、被相続人(工場経営者)が有していた株式等だけではなく、会社に対して有していた資産(会社への貸付金や不動産等)も相続人間で分散してしまう事態となります。[1]
- 後継者以外の相続人が株式等を相続することとなった場合、後継者にとっては、会社の意思決定を円滑・迅速に行うことができない事態となり得ます。[2]
[1] 例えば、経営者が、金融機関から個人で事業用資金を借り入れて、会社に対して貸し付けている場合、金融機関に対する債務と会社に対する貸付金は、原則として、各相続人に法定相続分に応じて分割されることになります。
後継者が、会社への貸付金と金融機関への債務を併せて引き受けようとするには、他の相続人と合意(遺産分割協議)した上で、金融機関から承諾を得ることが必要です。
したがって、将来の相続時のリスクを回避するために、事業承継時に経営者から後継者へ、株式等以外の経営者個人に属している、会社への債権(貸し付けている貸付金や不動産等)及び会社のための債務(借入金、個人保証や担保提供等)も、承継に備えて処理する必要があります。
[2] 事業承継の全般について関係に説明したものとして、中小企業庁「経営者のための事業承継マニュアル」(https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/2017/170410shoukei.pdf)が参考になります。
Q2:工場(会社)のオーナーである経営者が、後継者に承継すべき「事業」とはどのようなですか?
- 事業承継における「事業」とは、通常、会社の株式等、事業用資産、知的財産、借入金、従業員、経営理念、技術・技能、ノウハウなど、あらゆる要素を含んだものです。
- 法人形態(会社)である場合には、承継対象となる財産(事業)については、①オーナー経営者個人に属しているものと②会社に属しているものとは区別して理解しておくのが有益です。
- 会社が保有している財産(事業)
- 貸借対照表に記載されている資産・負債
- 取引先との取引関係
- 従業員との雇用関係
- 上記以外のいわゆる「のれん」[1]等
[1] 会社が持つ「ブランド」「ノウハウ」「顧客との関係」「従業員の能力」等を総称する無形固定資産。M&Aの際において会社の純資産額と取引価格の差額となる。
Q3:工場(会社)のオーナーである経営者が、子などの親族を後継者として事業承継を行う場合には、どのような点に気をつければよいですか?
- 一番簡便な方法は、工場(会社)のオーナーである経営者が有している株式等を、経営者の生前に、経営者から後継者である子や親族に対して売買又は贈与する方法です。
- 売買においては、株式の価額の評価を適正に行う必要があるほか、売買価額が高額となって後継者が取得資金を十分に準備できない場合や、経営者に多額の所得税が発生する場合があります。(生前)贈与については、贈与税率が高く、後継者において多額の贈与税の資金準備が必要となる場合があります。また、経営者の相続発生時に、他の相続人から、被相続人より生前に受けた「特別受益」として、相続財産(遺留分[1])を計算する際の基礎財産に算入されて(民法903条)、遺留分減殺請求の対象とされ、後継者が遺留分権利者から金銭請求を受ける可能性があります(民法1046条)。[2]なお、暦年課税制度や相続時精算課税制度[3]、贈与税の納税が猶予・免除される事業承継税制を活用することで、贈与税の負担軽減を図ることも可能です経営者が生前に売買や贈与を行わない場合、死亡時に、相続、遺贈又は死因贈与によって、株式等を移転する方法があります。
- 相続については、一般に贈与税よりも低額であり、後継者にとって資金負担が少なくて済むメリットがあります。しかし、相続人間で、相続・遺産分割に関して対立や争いが生じた場合には、会社の意思決定が円滑・迅速に行うことができず経営に支障が生じる事態となり得ます。遺言書の活用(遺産分割方法の指定・遺贈)
- 上記の相続の問題点を回避するために、経営者が遺言書を作成し、子や親族後継者に経営支配に十分な株式等を譲る(相続させる)旨を明定しておく必要があります。遺言書には自筆証書や公正証書遺言などがありますが、所定の要件を満たさない場合には無効となるので注意が必要です。事業承継において後のトラブルを回避するためには公正証書遺言が望ましいといえます。[4]
- なお、承継に際しては、特定の親族への会社の支配権である株式等の移転の処理だけでなく、経営者の会社に対する債権(貸し付けている貸付金や不動産等)や、経営者個人の債務(会社の債務のための借入金、個人保証や担保提供等)の処理も併せて行う必要があります。
- また、後継者への承継に際して、経営権の分散防止・集約のため、会社法上の制度として、会社において種類株式[5]を発行する方法(株主総会の特別決議による定款変更が必要)もあります。
- 売買においては、株式の価額の評価を適正に行う必要があるほか、売買価額が高額となって後継者が取得資金を十分に準備できない場合や、経営者に多額の所得税が発生する場合があります。(生前)贈与については、贈与税率が高く、後継者において多額の贈与税の資金準備が必要となる場合があります。また、経営者の相続発生時に、他の相続人から、被相続人より生前に受けた「特別受益」として、相続財産(遺留分[1])を計算する際の基礎財産に算入されて(民法903条)、遺留分減殺請求の対象とされ、後継者が遺留分権利者から金銭請求を受ける可能性があります(民法1046条)。[2]なお、暦年課税制度や相続時精算課税制度[3]、贈与税の納税が猶予・免除される事業承継税制を活用することで、贈与税の負担軽減を図ることも可能です経営者が生前に売買や贈与を行わない場合、死亡時に、相続、遺贈又は死因贈与によって、株式等を移転する方法があります。
[1] 遺留分(民法1042条等)とは、配偶者や子などの相続人に対して、留保しなければならない遺産の割合のことをいいます。遺留分を有する者は、配偶者、子(代襲相続人も含む)、直系尊属(被相続人の父母、祖父母)であり、兄弟姉妹は遺留分を有しません。
[2] 遺留分については、遺留分権利者において相続開始前に放棄することができますが、家庭裁判所の許可が必要です(民法1049条)
[3] 中小企業庁HP「暦年課税制度と相続時精算課税制度の概要」(https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/shoukei20/q09.htm)が参考になります。
[4] 中小企業庁HP「遺言の種類とその特徴」(https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/shoukei20/q10.htm)が参考になります。
[5] 普通株式とは権利の内容が異なる株式のことです。例えば、「議決権制限種類株式」では、株式の議決権を制限します。後継者には議決権のある普通株式、後継者以外の相続人には無議決権株式を相続させることで、株式(議決権)分散リスクの低減が図れます。
終わりに
工場経営ニュースを運営する株式会社ジャパン・エンダストリアルでは、製造業企業さまからの事業承継に関するご相談を承っております。下記専用フォームよりお申し込みください。